内容紹介
近年、「民主主義の危機」や「民主主義の後退」といった言葉を目にすることが増えました。ポピュリズムの台頭、フェイクニュースや陰謀論の拡散、ソーシャルメディアの発達とそれにともなう情報のかたより、といった現象が民主主義への脅威と見なされているだけでなく、国際関係における権威主義的国家と民主主義的国家の対立も、さまざまな文脈で語られるようになりました。またその一方で、投票率の低さに象徴される政治的無関心や無力感も社会に蔓延しています。
しかしながらこうした現象が批判的に語られるとき、しばしば「民主主義は当然守られるべきものだ」という前提が暗黙のうちに想定されているように思われます。特にみずからと異なる見解を「ポピュリズム」や「権威主義」として批判するとき、こうした傾向があらわれているようです。
民主主義が完璧な制度ではないことは、現代の民主主義国家がさまざまな問題に直面していることからも明らかです。しかしこのことは、民主主義がもはや時代にそぐわないシステムであるとか、劣った政治体制であるといったことを、すぐに意味するわけではありません。むしろ、民主主義そのものを問いなおし、アップデートしていくことが求められているのです。民主主義そのものにひそむ危険や問題点に対して批判や反省の眼差しを向けることなく、絶対的なものとして民主主義をかかげることは、結局のところ、ひとつの判断停止でしかないでしょう。
本講座では、古代ギリシャから現代にいたる西洋哲学の思想家たちのテキストを手がかりに、民主主義の理念と問題点を歴史的かつ批判的に問いなおしていきます。それによって、民主主義をめぐる歴史的・思想史的な変遷を理解しつつ、現代社会を批判的にとらえる視点を提供することをめざします。
哲学史を振り返ってみると、実のところ、哲学者たちはほとんどつねに民主主義に対して否定的でした。哲学において、民主主義はむしろ「疑わしい制度」とみなされることが多く、肯定的な主張を見つける方が難しいというのが実情です。フランスの哲学者ジャック・デリダが言ったように、哲学史のなかには、民主主義を肯定する思想が「とても僅かしかない」のです。しかしこのことは逆に、哲学史から民主主義の問題点を引き出すことができる、ということでもあるでしょう。
本講座ではプラトンからデリダに至る西洋思想史のなかから重要なテキストを選び、内容を精査していきます。それによって私たちの生きる社会の基盤となる価値観がどのようにして生まれてきたのか、そして今後はどう進んで行くべきなのかを考えてみたいと思います。
各回内容
第1回と第2回では、古代ギリシャからプラトンとアリストテレスをそれぞれ取りあげます。両者が活動したアテナイは、古代において市民による直接民主制がもっとも発展した都市でしたが、プラトンもアリストテレスも民主制には批判的でした。
プラトンによれば、民主制とは自由と多様性をもっとも尊重する体制です。この意味で民主制は「もっとも美しい」国制でもあるのですが、その一方でこの自由は無秩序を生み、やがて独裁へと変貌する可能性をはらんでいます。こうした分析は、そのまま現代への警鐘としても読むことができるでしょう。
プラトンの弟子だったアリストテレスもまた、民主制を「正しい国制」とは異なる「逸脱した国制」のひとつとみなしました。しかしながら、アリストテレスが現実的な意味での最善の国制とみなした「中間の国制」は、中間層による安定的な支配体制であり、現代の議会制民主主義に近いものです。プラトンに比して「現実主義的」と呼ばれることの多いアリストテレスですが、彼の分析は、格差や分断が進む今日にも示唆を与えてくれます。
第3回から第5回では、近代の社会契約論を代表するホッブズ、ロック、ルソーを取り上げます。彼らは、人間社会や国家が成立する以前の「自然状態」を想定することで、社会や国家の力や機能、その生成過程を分析しようとしました。やがてロックの思想がアメリカ革命に、ルソーがフランス革命にそれぞれ大きな影響を与えたことからも分かるように、彼らの議論はどれも現代社会に大きく関わっています。自由と秩序、個人と共同体をどう調停するかという問題は、今日においてもなお根本的な問いであると言えるでしょう。
第6回第7回では、より現代に近い時代の思想家としてアーレントとデリダを取りあげます。アーレントは『革命論』(『革命について』)においてフランス革命とアメリカ革命を比較しながら分析することで、一般的な理解とは異なり、前者よりも後者を評価しました。その論理を追いながら、アリストテレスにも通じる「貧困」の問題の分析や、革命の中から発生してくる評議会制への評価など、彼女独自の政治思想を見ていきます。
※受講者はアーカイブ(録画)の視聴が可能です。リアルタイムで授業に参加できない場合も見逃しなく受講できます。
※途中参加の場合も、全授業のアーカイブ動画をご覧いただけます。
※アーカイブ動画は、講座の受付終了から1年間視聴可能です。
難易度:中級
※難易度についてはこちらを参照ください。
授業予定
隔週月曜日20:00〜21:30
第1回 2025年6月30日(月)20:00〜21:30
もっとも美しい国制——プラトン『国家』
第2回 2025年7月14日(月)20:00〜21:30
中間の人々によって構成される国家——アリストテレス『政治学』
第3回 2025年7月28日(月)20:00〜21:30
法なきところには不正もない——ホッブズ『リヴァイアサン』
第4回 2025年8月11日(月)20:00〜21:30
天に訴える自由——ロック『統治二論』
第5回 2025年8月25日(月)20:00〜21:30
一般意志によって市民であり自由である——ルソー『社会契約論』
第6回 2025年9月8日(月)20:00〜21:30
自由の創設としての革命——アーレント『革命論』/『革命について』
第7回 2025年9月29日(月)20:00〜21:30
来たるべき民主主義——デリダ『ならず者たち』
※ 授業の進捗等により予定が変更になる場合がございます。予めご了承ください。
こんな人におすすめ
政治思想、政治哲学に興味のあるひと
社会契約論に興味のある人
アーレントやデリダの思想に興味がある人
民主主義について哲学的に考えてみたい人
講師情報
渡辺洋平
思想史・芸術史
1985年宮城県生まれ。2009年京都大学総合人間学部卒業。2016年京都大学大学院人間・環境学研究科修了。博士(人間・環境学)。
卒業論文のテーマはマルセル・デュシャン。大学院での研究テーマはドゥルーズを中心とする西洋の思想と芸術。狭義の哲学史だけでなく、文学や芸術、映画、人類学、精神分析など広汎な領域を横断しながら展開されるドゥルーズの思想に影響を受ける。博士論文は著書『ドゥルーズと多様体の哲学』として人文書院より出版(2017年)。
博士論文出版後はリチャード・ローティを中心とするアメリカのプラグマティズム、西洋の伝統を基盤とするハンナ・アーレントの政治思想、1960年代フランスの芸術運動ヌーヴォー・レアリスムなどの研究をしつつ、早稲田大学、関西大学、立命館大学などで美学、哲学、美術史、思想史、現代アートなどの講義を行う。近年の個人的研究テーマは、ジャック・デリダによる批判以後哲学がいかにありうるのか、日本における芸術の形成史と今後の表現のありようについて、それらを組み合わせた現代日本における哲学および芸術の可能性について。
2014年末から6年半ほど京都北白川の山の学校にて、広川直幸先生の下で古典ギリシャ語を学ぶ。プラトン、ホメロス、エウリピデス、クセノポンなどを原文で読めるくらいには習得。自身も2014年から2022年まで断続的にフランス語の講師を担当。
学生時代から原書講読系の授業を多数受講。ロック、バークリー、カント、ニーチェ、フッサール、ハイデガー、ベルクソン、ドゥルーズ、レヴィナスなどを原書で読む。特に1回の講義で数行しか進まないハイデガー『存在と時間』の演習に哲学書を読むとはどういうことなのかを教わる。ドイツ語の翻訳としては岸本督司、古川真宏との共訳によるゲオルク・ジンメル「モードの哲学」(『vanitas』No.003、アダチプレス、2014年)。フランス語の翻訳に、ウジェーヌ・ドラクロワ「美についての問い」(1854)。
その他ラテン語、イタリア語を独学。
2023年既成の体制や学科にしばられない学びの場としてディセミネ設立。
メッセージ
そもそも哲学とは何なのでしょうか。いわゆる哲学者と呼ばれる人たちの本を読んで研究することだけが哲学なのでしょうか。そもそもそういった区分そのものを思考の対象とし、必要であればそれを解体・再構築していく営みこそが哲学ではないでしょうか。私が興味をひかれ、研究の対象としてきたのは、まさしく既存の枠組みを批判的に検討し、それとは異なるあり方を編みだし提起してきた人たちでした。
哲学であれ芸術であれ、何らかのかたちで現実と接点を持ってこそ意味があると思います。それは必ずしも直接的に政治的であるということを意味しませんが、人間の活動がすべて政治的であるというのもまた真であると思います。自分で考え表現するすべての人のためにディセミネをつくりました。まずは一度授業に参加してもらえたらと思います。
◆受講の流れ◆
お申し込み
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視聴ページもしくは招待メールからGoogleクラスルームに参加
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リアルタイムで授業に参加/アーカイブを見る/クラスルームから資料にアクセス
- 「Googleクラスルーム」はGoogle社が提供する学習管理アプリケーションです。お申し込み後視聴ページからご参加いただけるほか、初回授業日の1週間前以降に別途招待メールをお送りいたします。
- リアルタイム授業への参加URLのお知らせや、講師とのやりとり、資料の配付、アーカイブの公開は、すべてGoogleクラスルームから行います。
- リアルタイム授業への参加URLは各授業日の3日前にリマインダーメールをお送りいたします。
- ディセミネでの初回受講時に送られる招待メールを承認することで、Googleカレンダーと自動で同期が可能です。是非ともお使いください。
ご確認事項
- 授業にはGoogle Meetを、資料の配付やアーカイブの共有にはGoogleクラスルームを使用いたします。Googleアカウント(無料)が必要となりますので、各自でご準備ください。アカウントをお持ちでない方は、こちらから作成してください。Googleアカウントがない場合、授業にはご参加いただけません。
- 受講の際、Googleに登録されているお名前が他の受講者にも表示されます。
- チケットの申込期限は、予告なく変更になる場合があります。
ディセミネについて
ディセミネは、2023年に生まれた、哲学、文学、アート(芸術/美術)、歴史、宗教、言語といった「人文学」を中心としたオンライン型の教育サービスです。
各分野の基本的な考え方を知るための講義科目や、重要文献を講師とともに読む読書会、外国語の講読など、人文学のさまざまな領域を知るための各種講座を開講していきます。是非とも各講座にアクセスしてみて下さい。